eFAXの導入により、受信した依頼内容を即座にドライバーと共有出来るようになりました。

過去の活動内容は「トップページ①」のタブでご覧ください。

私たち民間救急JPNの搬送の様子や地域での活動の様子、Q&Aなど色々な情報も満載です!

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【長野市の病院から飯山市の病院へ】

 

今回ご依頼いただいたのは、長野市の病院から飯山市の病院への転院搬送でした。

患者様はスクーターを運転中に転倒され、圧迫骨折と左腕を負傷されました。お住まいは野沢温泉近くですが、受け入れ先の関係により、当初は長野市の病院へ救急搬送されていました。

その後、ご自宅からより近い飯山市の病院へ転院されることとなり、私たち民間救急JPNがお手伝いをさせていただきました。

搬送中の車内では、患者様がたくさんのお話を聞かせてくださいました。

建設業一筋で36年間働いてこられたこと。ご自宅で楽しまれている家庭菜園のこと。そして昔の飯山の街並みや暮らしの様子など、どれも人生の歩みが感じられる温かいお話ばかりでした。

ご家族は奥様と3人のお子様。長男様は東京で、長女様は中野市で、そして次女様は長野市でリハビリテーションに携わるお仕事をされているそうです。ご家族のお話をされる時の表情からは、深い愛情と誇らしさが伝わってきました。

搬送当日の空は曇り空でしたが、患者様との会話は終始明るく、ご自宅に近い地域まで戻れる安心感もあったのでしょうか、そのご様子からは晴れやかな気持ちが感じられました。

無事に目的地へ到着した後、患者様から

「救急車より乗り心地がとても良かったよ」

という嬉しいお言葉をいただきました。

その一言は、私たちにとって何よりの励みです。

患者様が少しでも安心して移動できるように。そして移動の時間も穏やかに過ごしていただけるように。

これからも一件一件の搬送に心を込めて対応してまいります。

患者様の一日も早いご回復を心よりお祈り申し上げます。


【軽井沢病院→高崎真木病院】

 

友人家族との旅行が始まる直前、患者様は転倒事故に遭われ、左脛骨骨折により軽井沢病院へ入院されました。

本来であれば、これから楽しい時間が始まるはずだったご旅行。思いがけない出来事によって予定は大きく変わり、ご実家近くの病院へ転院されることとなりました。

搬送中、患者様は現在暮らしているアメリカでの生活や、高校教師として歩まれてきたこれまでの人生について、穏やかにお話を聞かせてくださいました。

シアトルの夏は過ごしやすいこと、教壇に立ちながら多くの生徒たちと向き合ってきたこと。そのお話からは、新しいことへの興味や探究心を持ちながら、自分らしい人生を歩んでこられた姿が伝わってきました。

特に印象的だったのは、ご両親からかけられたという言葉です。

「自由はあげられる。でも責任も伴う。」

女性だからといって枠に縛られなくていい。その代わり、自分の選択には責任を持ちなさい。

その教えを胸に、自らの進む道を切り拓き、時には学びの原点へ戻りながら歩み続けてこられたそうです。

搬送中には、後ろを走るハトバスを見つけて手を振るお茶目な一面も見せてくださいました。そんな自然な笑顔に、私たちも思わず心が和みました。

一方で、

「姉には苦労ばかりかけてきたから、またお世話になるのが心苦しいんです。」

と、ご家族への想いも話してくださいました。

転院先の病院には、お姉さまと姪御さまがお迎えに来られていました。再会されたご家族の姿からは、長い年月を経ても変わることのない温かな絆を感じました。

これから始まるリハビリの日々は決して楽なものではないかもしれません。しかし、ご家族の支えと患者様自身の前向きな力があれば、きっと一歩ずつ前へ進んでいけることと思います。

焦らず、ご自身のペースで。

一日も早いご回復を心よりお祈りしております。


【篠ノ井総合病院→千曲市自宅】

 

この日は、患者様をご自宅までお送りする退院搬送を担当させていただきました。

病院を出発する際には、多くの看護師さんたちがお見送りに来てくださいました。患者様がこれまで過ごしてこられた時間や、医療スタッフの皆さまとのつながりが感じられる、あたたかな出発のひとときでした。

搬送には娘様が同乗されており、車内ではお父様についてのお話を聞かせてくださいました。

「お父さんは常に動いている人でした。」

畑で育てた野菜を県外に住む娘様へ送ったり、お孫様たちの送迎をしたり。娘様は3人、お孫様は11人いらっしゃるそうですが、毎年行われる家族旅行も、お父様が中心となって計画し、家族をまとめてくださっていたとのことでした。

ご家族の思い出を一つひとつ語られる娘様のお話からは、お父様がどれほど家族を大切にされてきたのかが伝わってきます。私たちもそのお話を伺いながら、自然と胸が熱くなりました。

ご自宅へ到着すると、訪問看護スタッフの皆さまが待機されていました。患者様をご自宅のベッドへ移乗し、点滴や医療機器の設置を行いながら、必要な情報を丁寧に引き継ぎます。

医療と介護の支援がしっかりとつながり、ご家族が安心して患者様を迎えられる環境が整ったことを確認して、搬送を終了しました。

長年にわたり家族を支え続けてこられたお父様。

これからは、ご家族の皆さまと過ごす時間が穏やかであたたかなものになりますよう、心より願っております。


【千曲荘病院→岡谷市民病院】

検査入院のため、岡谷市民病院へ向かわれる70代女性の患者様を搬送させていただきました。

出発前、患者様は少し心細そうなご様子でした。

病院から別の病院へ移ること。たとえ検査のための短期間であっても、環境が変わることは患者様にとって大きな不安につながることがあります。

そんな患者様のご様子を見て、急遽お姉様が隣に同乗されることになりました。

出発前に手を握り合うお二人の姿からは、長い時間をともに歩んでこられた姉妹ならではの安心感が伝わってきました。

車内では、少しずつ会話が生まれていきました。

戦後の時代、関西でテイラーを営みながら娘さん二人を育ててこられた親御様のこと。

男物の生地で仕立てられた洋服は、当時は嫌だったと話されるご姉妹。

けれど今になって振り返ると、その洋服の一着一着にも親御様の想いや暮らしの工夫が込められていたのだと感じられるそうです。

「今になって、その有難みが分かりますね」

そんな言葉が車内に静かに残りました。

懐かしい記憶は次々と思い出せるのに、現在を保つ心の入れ物は時にすぐ溢れてしまうことがあります。

それでもこの日は、お好きなクラシックが流れる車内で、久しぶりの“会話のキャッチボール”がありました。

窓の外には初夏を感じさせる青空と新緑。

その景色や、お姉様の声、懐かしい思い出が、少しでも患者様の気分転換になっていたら嬉しく思います。

これから1週間、環境は変わります。

どうか心にご負担が少なく、穏やかな時間をお過ごしいただけますよう願っております。


【埼玉県までの搬送記録】

 

梅雨のはしり。
雨に濡れた木々の緑が、いっそう深く感じられる日でした。

患者様を、埼玉県のご自宅近くの病院までお送りする搬送。
ご主人様は、自家用車で後ろから静かに追走されていました。

久しぶりに見る外の景色。

車窓を流れていく山々や街並みを、患者様はじっと見つめておられました。
その瞳には、少しずつ力が宿っていくようにも感じられました。

ギャジアップした視線の先へ広がる景色を、
まるで心に刻み込むように見つめておられた姿が印象に残っています。

車内に懐かしい唱歌が流れ始めると、患者様はスピーカーへ耳を傾け、ゆっくりと唇を動かされました。

『この道』
『椰子の実』

静かに口ずさまれるその姿に、目尻からは涙がこぼれていました。

言葉にならなくても、その歌と景色の中で、さまざまな想いが巡っておられたのだと思います。

同郷だったというご主人様との“ご縁”。長い年月の中で、苦楽を共にしながら歩んでこられたお二人。

今もなお、伴侶を支え続けるご主人様のお姿からは、深い優しさと強さ、そして周囲への細やかな配慮が伝わってきました。

受け入れ先へ到着した頃、患者様は安心されたような穏やかな表情で眠っておられました。

そして到着時のお声掛けには、ぱっちりと目を開かれ、回想の時間から現実へ戻ってこられるような瞬間もありました。

無事に引き継ぎを終え、帰路へ。

帰り道は深い霧に包まれていました。

その景色の中でふと浮かんだのは、患者様が車内で口ずさんでおられた「この道はいつか来た道」という歌詞でした。

あの日の搬送は、景色と歌と想い出が静かに重なり合う、とても印象深い時間となりました。


【花園病院→さいたま市立病院】

 

今朝、花園病院を出発し埼玉県へ向かわれたのは、90代の女性患者様でした。

温かい病院スタッフの皆様に見送られながらの旅立ち。
その優しい空気に包まれたまま、搬送が始まりました。

今回の移動では、次女様が同乗されました。
昨今の時世の影響もあり、入院中はなかなか面会が叶わなかったとのこと。
久しぶりに親子で過ごす時間は、患者様にとっても娘様にとっても、特別なひとときだったように感じます。

車内では、これまで歩んで来られた人生のお話を伺いました。

若くして連れ合いを亡くされながらも、娘様達を立派に育て上げて来られたお母様。
娘様達の喜びを自分の喜びとして受け止め、その姿を誇りにしながら、日々を懸命に歩んで来られたことが伝わってきました。

道中では、3年前に函館へ、翌年には札幌へ、娘様達と旅行された思い出話に。
「楽しかったね」
そんな親子の会話に、患者様がそっと言葉を重ねられる場面もありました。

かけがえのない記憶が、お母様自身の記憶を優しく呼び戻していく——
その時間は、車内をとても温かい空気で包んでくれていました。

車窓には、5月の新緑が広がります。
患者様は景色をしっかりとご覧になりながら、穏やかな表情を見せてくださいました。

車内では、患者様を煩わせないよう、動揺唱歌や演歌、クラシックを静かに流しました。
気に入った曲が流れると、そっと手を上げて応えてくださる仕草もあり、スタッフにとっても印象深い時間となりました。

予定時刻ちょうどに、さいたま市立病院へ到着。

新しいステージの始まりです。

これまで、たくさんの人を支え続けて来られた人生。
これからは周りに寄り掛かりながら、穏やかな時間を過ごしていただけたら——
そんな願いを抱きながら、搬送を終えました。

「お母さん」は、やっぱり偉大です。


【佐久市自宅→群馬県渋川医療センター】

 

治療通院のため、群馬県渋川医療センターまでの長距離搬送を行いました。

今回のご依頼は、10年来のお付き合いの中でいただいたご縁でした。

患者様を支えるご家族様の想いがとても深く伝わってくる搬送であり、私たちもそのお気持ちに寄り添いながら出発しました。

長距離の移動は、患者様にとって身体的にも精神的にも大きなご負担となります。
普段とは違う環境の中で長時間過ごすことは、想像以上に疲労や不安を伴うものです。

道中では、患者様の体調を丁寧に伺いながら、途中のサービスエリアでゆっくりと休憩を挟みました。

少しでも安心して移動していただけるように。
少しでもご負担を和らげられるように。

焦らず、患者様のペースを大切にしながら搬送を進めていきました。

治療先の病院へ到着された頃には、お疲れのご様子の中にも、ほっと安堵された表情が見られました。

その表情に、長い道のりを共に過ごした私たちも胸が温かくなりました。

患者様、ご家族様にとって、不安の多い治療の日々かと思います。
だからこそ、「移動の時間だけでも安心していただきたい」という想いを大切にしています。

これからの治療が穏やかな時間となりますよう、心より願っております。


【東御市子どもフェスティバル】

 

第20回 東御市子どもフェスティバルに参加させていただきました。

 

開催当日の朝は霧雨模様でしたが、時間が近づくにつれ青空が広がり、会場には沢山の子ども達の笑顔が集まっていました。

 

この日は、広域消防署や長野県警の車両と並んで、
弊社の民間救急車両も展示。

防振ベッドや寝台車、そして福祉車両の車椅子リフト乗車体験を行わせていただきました。

 

実際に車椅子に乗り、リフトでゆっくり車内へ上がっていく体験は、子ども達にとって初めての感覚だったようで

「ちょっとドキドキした!」
「思ったより高かった!」

そんな声とともに、沢山の笑顔を見ることができました。

また、親御さんと一緒に体験される姿や、
興味津々で車両を見つめる子ども達の姿から、
“体験すること”の大切さを改めて感じた1日でもありました。

 

民間救急や福祉車両は、
普段なかなか触れる機会の少ない存在です。

 

 

今回の体験を通して、救急車の適正利用や、車椅子を利用される方への理解など、子ども達の中に小さな学びや優しさが生まれていたら嬉しく思います。

会場で見せてくれた、子ども達のキラキラした表情は、私たちにとっても大きな“希望”になりました。

 

このような素晴らしい機会をつくってくださった東御市、
そして関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

 

※掲載しているお子様のお顔につきましては、保護者様より掲載許可をいただいております。


【上田医療センター→東御市ご自宅】

 

朝、突然のお電話をいただきました。

昨晩、緊急搬送された患者様。
無事に処置を終えられたものの、
「どうやって家へ帰ればいいのか分からなくて…」
そんな不安の中でのご相談でした。

病院を出発される際、
患者様もご家族様も、
周りの方々へ何度も「ありがとうございました」と言葉を掛けられていました。

突然の出来事の中で、
きっと不安や緊張の続く時間だったのだと思います。

それでも、
支えてくださった方々への感謝を忘れずにおられる姿がとても印象的でした。

ご自宅へ到着すると、
丁寧に手入れされた花や樹々がやさしく迎えてくれているようで、
患者様もどこか安心された表情を見せてくださいました。

住み慣れた場所に戻ること。
それだけで、人の気持ちは少しほぐれていくのかもしれません。

これからまた、
いつもの景色の中で、
ゆっくりとお気持ちも回復されていきますように。

私たちは、ただ移動をお手伝いするだけではなく、
その方とご家族様の「帰りたい」という想いにも寄り添える搬送を大切にしています。


【東御市民病院→上田医療センター】

 

外来受診のため、東御市民病院から上田医療センターまで搬送を行いました。

 

患者様にお会いになった瞬間、奥様の表情がふっと安心されたように見えました。
そのまま車に同乗され、移動中も患者様へやさしく声をかけられていました。

患者様から言葉は出ませんでしたが、奥様の声や想いは、きっと届いているように感じました。

寝たきりになられてから7年。
長い時間の中で、そばにいること、声をかけること、一緒に移動すること。
その一つひとつが、ご家族にとって大切な時間なのだと思います。

 

 

東御市民病院の裏では、八重桜が満開でした。
穏やかな春の景色に見守られながら、外来受診へ向かう搬送となりました。


【篠ノ井総合病院 → 横浜鶴見リハビリテーション病院】

 

早朝6時。
まだ朝の冷たい空気が残る信州を、患者様と義娘さんをお乗せして出発しました。

 

患者様は、先週長年連れ添ったご主人を見送られたばかり。
車内では多くを語ることはなく、移りゆく景色を静かに眺めておられました。

 

長野から横浜へ。
山の景色から街並みへと変わっていく車窓。
その時間の中には、これまでの日々への想いや、これから始まる新しい生活へのお気持ちがあったのかもしれません。

道中は休憩を挟みながら、患者様のご体調を最優先に進行。


横浜へ到着した頃には、やわらかな春の風が感じられました。

「近くに家族がいるから心強い」

その言葉がとても印象に残っています。

 

受け入れ先のスタッフの皆様も温かく迎えてくださり、無事にお引き渡しを終えることができました。

 

 

これからの日々が、穏やかで安心できる時間になりますように。


【自宅→依田窪病院】

 

「救急車を呼ぶべきか…」
その判断に迷われたご家族は、#7119へ相談。
消防署のホームページを通じて、民間救急という選択肢を知り、今回の搬送のご依頼へとつながりました。

患者様は80代の女性。
娘さんが付き添われ、春のやわらかな陽気の中、ご自宅を出発しました。

緊急性が高いわけではない。
けれど、自家用車での移動には不安がある――。

そんな時に、「本当に救急車を呼ぶべきなのか」を考え、適切な方法を選ばれたご家族の判断は、とても大切なものだったと感じています。

現在、救急車の出動件数は増え続けています。
その一方で、“今すぐ命に関わる状況ではないけれど、移動に困っている”というケースも少なくありません。

今回の搬送は、まさに「救急車の適正利用」をご家族が体現してくださったようなご依頼でした。

車窓の外には、山桜やハナモモで色付く春の山々。
橋の下を流れる川の音、やわらかな日差し、新緑の景色――。

娘さんと一緒にその景色を眺めながら、患者様も少し安心されたような表情を見せてくださいました。

“ただ目的地へお連れする”だけではなく、
不安な時間の中に少しでも安心を届けること。

そして、ご本人様やご家族が「この方法で良かった」と思える搬送を行うこと。改めて、その大切さを感じさせていただいた搬送となりました。


【長野中央病院→若穂病院】

 

朝方まで降っていた雨が止み、やわらかな日差しが差し込む中での搬送でした。

今回ご一緒したのは、89歳の女性患者様。
そして、その隣には3歳上のご主人の姿がありました。

おふたりは60年以上という長い年月を共に歩み、お互いの仕事や生き方を理解しながら支え合ってこられたそうです。

車内では多くを語られるわけではありません。
それでも、自然と伝わってくる安心感がありました。

長い時間を共に過ごしてきたご夫婦だからこそ生まれる、静かであたたかな空気。

患者様が横になられている傍で、ご主人がそっと寄り添われる姿がとても印象的でした。

移動中の車窓には、雨上がりの空と新緑の景色。
その穏やかな風景が、おふたりのこれまで歩んできた時間を優しく映しているようにも感じられました。

今回向かわれるのは、新たな療養の場所。

環境が変わることには、不安や戸惑いもあると思います。
それでも、ご夫婦で支え合いながら、一歩ずつ前へ進もうとされる姿に、私たちも胸を打たれました。

また、身近にご家族がいらっしゃる環境への感謝もお話しされており、人とのつながりの大切さを改めて感じる搬送となりました。

私たちは、単に「移動する」だけではなく、
その方の人生やご家族の想いにも寄り添える存在でありたいと思っています。

 

これからの日々も、おふたりの歩幅で、穏やかに過ごされますように。


【柳澤病院 → 上田医療センター】

 

ご家族の“寄り添う姿”に、私たちが教えられた搬送でした。

「お世話させていただくのが有難いんです」

今回の搬送で、ご家族様からいただいた言葉です。
その一言に、私たちの方が胸を打たれました。

患者様のご移動には、いつもお姉様が付き添われています。
何度ご利用いただいても、その距離感は変わりません。
不安にならないように。
安心できるように。
そっと声をかけながら、自然に寄り添われている姿がとても印象的でした。

移動の途中、窓の外には葉桜になり始めた桜の木。
その景色を見ながらお姉様が、

「〇〇さんの為に桜も待ってくれたね」

と、優しく微笑まれました。

その瞬間、ただ通り過ぎる景色だった桜が、特別なものに感じられました。
誰かを想う気持ちがあるだけで、見える景色まで変わるのだと、私たちも教えていただいた気がします。

私たちは、搬送という限られた時間の中でしか関わることはできません。
ですが、その短い時間の中にも、ご本人様やご家族様の想いがたくさん詰まっています。

 

だからこそ、ただ“移動する”だけではなく、
安心して過ごしていただける時間になるよう、これからも心を込めて寄り添ってまいります。


【長野市内→神奈川県小田原市】

 

長野市内の病院から、小田原市への搬送でした。

出発の際、車が見えなくなるまで手を振り続けてくださったのは、患者様の弟様ご夫婦。
その姿に見送られながら、車は静かに走り出しました。

 

長い道のりになるため、少しでもリラックスしてお過ごしいただけるよう、お好きな音楽をお伺いしました。
すると返ってきたのは、クイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』。

思いがけない一曲に、車内には自然と笑顔が広がります。
「着く頃には元気になるかも」と、ご家族がこぶしを上げて応援する姿も印象的でした。

 

今回のご縁は、ご家族が一生懸命調べ、ホームページに辿り着いてくださったことから始まりました。
「こんな移動手段があったんだ」とお話しされていたことが、心に残っています。

 

患者様はこれまで、語学をはじめ、さまざまなことに関心を持ち、学ぶことを楽しんでこられた方だそうです。
その生き方に対して「私には真似できません」と語る娘様の言葉から、深い尊敬の想いが伝わってきました。

道中では、何度か体位を調整し、クッションでお身体を支えながら、少しでも楽に過ごしていただけるよう努めました。
窓の外に広がる景色を眺めながら、ゆっくりと時間が流れていきます。

 

やがて小田原の施設へ到着。
新しい場所のやさしい空気が、静かに迎えてくれました。

それぞれの想いを乗せた一日の搬送となりました。


【相澤病院 → 羽田空港】

 

午後のやわらかな日差しの中、相澤病院を出発したのは、フランスから日本を旅行中のご夫婦でした。旅の途中、奥様が右足首を骨折され、帰国のため羽田空港までの搬送をご依頼いただきました。

 

車内に乗り込まれると、ご主人様はすぐに奥様の患足にタオルケットを巻き、やさしく支えられました。ドクターでいらっしゃるとのことで、その手際はとても慣れたものでしたが、何よりも奥様を気遣う自然な仕草が印象に残りました。奥様の隣に座り、電子書籍を静かに読みながら、時折やさしく声をかけられるご主人様。落ち着いた空気の中にも、長い年月を共に歩んできたお二人の関係が感じられました。

車窓から富士山が見えることをお伝えすると、ご主人様はすぐにスマートフォンを手に取り、嬉しそうに動画や写真を撮影されました。先週訪れた箱根では天候に恵まれず、富士山を見ることができなかったのだと教えてくださいました。撮ったばかりの写真を奥様に見せながら、車内にはやわらかなフランス語の会話が続きます。その穏やかなやり取りに、私たちの心も自然と温かくなりました。

途中のサービスエリアでは、車椅子へ乗り換えて少し休憩を取りました。ご主人様はスマートフォンの中の旅の写真を開き、お二人で一枚一枚思い出を振り返られていました。旅の出来事を語り合うお二人の表情は、次第にやわらいでいきます。長い移動の時間も、穏やかな時間として過ごされている様子が印象的でした。

羽田空港へ近づく頃、車の後方には夕日が広がり始めました。やわらかな光の中で、お二人の表情もすっかりリラックスされているように見えました。長い一日の終わりを、静かに迎えられているようでした。

到着後、お別れの際には、スタッフが描いたお二人寄り添う姿のスケッチに、フランス語でメッセージを添えてお渡ししました。ご主人様は少し驚かれた様子で微笑まれ、奥様もやさしい表情で受け取ってくださいました。

 

車中でお話を伺ったところ、お二人は結婚されて44年とのこと。出会いは16歳のときだったそうです。長い年月を重ねてもなお、自然に寄り添い合い、言葉を交わし、互いを気遣う姿がとても印象的でした。

 

空港でのお別れの際、ゆっくりと歩まれるお二人の後ろ姿を見送りながら、長い時間を共に過ごしてきたからこその温かさを感じました。
穏やかな空気に包まれた、心に残る搬送となりました。


🌸民間救急JPNニュースレター (2026年4月号)🌸

 

4月号のニュースレターを公開しました。


今回の紙面では

◎桜に見送られながら空港へ向かわれた搬送の記録

◎相澤病院様から頂いた温かいお便り

◎東御☆スピリッツの挑戦

◎スタッフが描く猫ギャラリー


民間救急JPNが大切にしている「移動の時間にも寄り添う姿勢」が伝わる内容となっています。ぜひご覧ください。 


【鹿教湯病院→上田市内・病院】2026.03.31

 

静かな眼差しの奥に、大切な想いを感じた搬送となりました。

鹿教湯の病院から、上田市内の病院への転院搬送。

車内では看護師がバイタルの確認を行いながら、患者様の表情やご様子にも気を配ります。

身体の状態だけでなく、その時々の想いにも寄り添うことを大切にしています。

移動中、車窓には花曇りの空と、ほころび始めた桜が見えてきました。

春の気配が、静かに訪れているのを感じます。

これまで実直に歩まれてきた人生。

これからは歩幅が変わるかもしれません。

それでも、この先の時間が穏やかな日常へと繋がっていくことを願いながら、

私たちは安全に目的地までお送りしました。

新しい環境での生活が、安心できるものとなりますように。

その想いを胸に、今回の搬送を終えました。


【ご自宅→鹿教湯病院2026.03.24

 

ご自宅で過ごした、かけがえのない一週間。

その時間を胸に、患者様は再び鹿教湯病院へと向かわれました。

今回のご依頼は、三度目の移動となる患者様です。

これまでの経過の中で、ご自宅で過ごす時間を大切にされながら、ご家族や関係する皆様に支えられてきました。

搬送当日も、人工呼吸器の機材を丁寧に固定し、安全確認を行いながら準備をすすめます。庭先では、ご自宅での生活を支えてこられた皆様に見送られ、静かに出発の時を迎えました。

ストレッチャーに乗車された患者様の傍らには看護師が寄り添い、ゆっくりと車内へ移動します。

言葉にならなくても、周囲への配慮が感じられる穏やかな表情。車内には、静かな優しさが広がっていました。

 

移動中、車窓に広がったのは、千曲川の流れ。

その景色は、患者様にとっての希望の象徴のようにも感じられました。川の流れのように、ゆっくりと、確実に前へ進んでいきます。寄り添う看護師とともに、穏やかな時間の中で搬送は続きました。

鹿教湯に到着すると、病棟スタッフの皆さまからの「おかえりなさい」という温かい言葉が迎えてくれました。患者様だけでなく、ご家族や関係者の想いも包み込まれるような安心感が、その一言で生まれます。

ご自宅で過ごした一週間の想いと共に、新たな一歩が静かに始まりました。

 


【ホテルメトロポリタン長野 → 羽田空港】2026.03.11

 

長野駅前にあるホテルメトロポリタン長野へ患者様をお迎えに伺いました。
スキー事故により右脛骨高原骨折をされた、オーストラリアの男性です。

ホテルのロビーでお会いすると、患者様は穏やかな笑顔で迎えてくださいました。
チェックアウトを終えたあとで、パートナー様と並んでお待ちになっていました。

ご自身の力でストレッチャーへ移乗され、羽田空港へ向けて出発します。
隣にはパートナー様が同乗され、およそ4時間の移動になります。

車内ではストレッチャーをギャッジアップし、外の景色を眺めながら過ごしていただけるようにしました。
患者様は流れる景色を見ながら時折言葉を交わし、パートナー様はお水やお菓子を手渡しながら、静かに会話を続けていらっしゃいました。

途中のサービスエリアで買った「ネギ味噌せんべい」も気に入ってくださったようで、
「これはおいしいね」と笑顔を見せてくださる場面もありました。
そんな何気ないやり取りにも、車内には自然とあたたかな空気が流れていました。

お二人のツーショットを撮らせていただきながら、少しお話を伺いました。
お二人の出会いは17年前、スキー場だったそうです。

「昔〜しの話よ」

そう言いながら少し照れたように笑うパートナー様と、その横で穏やかに微笑む患者様。
その表情がとても印象に残っています。

患者様は現役時代、テレビ番組の構成や編集のお仕事をされていたとのことでした。
これまでの人生のこと、日本に何度もスキーや観光で訪れていたことなど、さまざまなお話を聞かせてくださいました。

夕方が近づき、空が少しずつ色を変えていく頃、
外の景色を眺めながらお二人が顔を見合わせてこう言いました。

「絵画みたいね。」

その言葉に、車内の空気がふっとやわらいだ気がしました。

渋滞もなく、予定より少し早く羽田空港へ到着しました。
ロビーではオーストリアから来たドクターとナースが待っており、ここで搬送の引き継ぎとなります。

出発ゲートへ向かう前、車内で描いた猫のイラストと英語のメッセージをお渡ししました。
短い時間ではありましたが、せめてものエールの気持ちを込めて。

出発ゲートへ向かうお二人の後ろ姿を見送りながら、これから始まる9時間のフライトが穏やかな旅になることを願いました。

今回の搬送でいちばん心に残ったのは、終始見せてくださったお二人のやさしい笑顔でした。

 

遠く離れた帰り道の途中で、私たちもまた、あたたかな時間を分けていただいたように感じています。


【鹿教湯病院→上田医療センター】2026.03.10

 

鹿教湯病院を出発されたのは、90代の女性の患者様でした。
新たな治療のステージへ進むための転院となります。

 

車内では、バイタルチェックや喀痰吸引などの処置を行いながら、同乗の看護師と連携し、状態に配慮した移送を行いました。お声掛けを重ねながら、少しでも安心して過ごしていただけるよう努めます。

 

今回の患者様は、以前にもご利用いただいたことのある方でした。再びご縁をいただけたことに、静かなつながりを感じる搬送でもありました。

また、ご子息がお母様を丁寧に気遣い、寄り添われている姿がとても印象的でした。言葉にしなくても伝わる想いが、車内の穏やかな時間の中に確かに流れていました。

 

 

新しい治療へ向かうその道のりが、少しでも安心できる時間であるように。
そんな願いを込めての搬送となりました。


 

【安曇野の病院→羽田空港】2026.3.3


この日、シンガポールから来日し、日本で治療を受けていた女性患者様が祖国へ帰る日を迎えました。

民間救急JPNは、14時に事務所を出発。
まずは穂高タウンホテルへ向かい、海外から派遣された看護師の方と合流しました。
その後、安曇野の病院へ向かいます。

患者様は、スキー事故で重篤な怪我を負われ、日本で治療を続けてこられました。
病院を出発する際には、スタッフの皆様が車両のそばまで見送りに来てくださり、車が見えなくなるまで手を振ってくださいました。
その温かなお見送りに、私たちも胸が熱くなりました。

車内では、看護師の方が丁寧にバイタルを確認し、お母様がそばで静かに寄り添われていました。
安全運転を心がけながら、落ち着いた状態で羽田空港を目指します。

移動の途中、車内に飾っていた桜をご覧になった患者様が、「本物?」と驚いたように笑顔を見せてくださいました。
写真を撮られるご様子からも、日本で過ごした時間のひとこまを大切に感じてくださっていることが伝わってきました。

途中のサービスエリアでは休憩を取り、車椅子での移動をサポートしながらひと息つきます。
患者様はお買い物も楽しまれ、お母様が買ってこられた焼き芋を囲んで、みんなで笑顔の時間を過ごしました。
長い移動の中にも、ほっと心が和らぐひとときが流れていました。

夜になり、羽田空港へ到着。
空港の車椅子へ移乗し、出発ロビーへ向かいます。
その先には、お父様とお姉様が待っていてくださいました。
再会の瞬間にこぼれた患者様の安堵の笑顔が、とても印象に残っています。

無事に受付カウンターまでお送りし、私たちの任務は完了しました。
患者様とご家族の皆様が、安心して帰国の途につけることを願いながら、その場を後にしました。

そして日付が変わった3月4日午前1時50分。
雪の降る中、民間救急JPNの事務所へ帰還しました。

長い一日ではありましたが、患者様、ご家族、医療スタッフ、看護師の方、そして私たち。
多くの人の思いがつながって、この搬送を無事に終えることができたのだと感じています。

患者様のこれからのご回復と、安心した日々を心よりお祈りしております。


【篠ノ井総合病院→順天堂大学医学部附属順天堂医院】2026.3.2

 

早朝の篠ノ井総合病院を出発されたのは、60代の女性患者様でした。
搬送先は、東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院。約4時間にわたる道のりです。

今回の搬送で何より印象的だったのは、ご主人が同乗されていたことでした。
車内ではお二人の穏やかな会話が続き、そのやり取りから、長い年月をともに歩んでこられたご夫婦ならではの深い絆が感じられました。

ご主人は、自営業を営んでこられる中で、奥様が長年にわたり陰日向で支えてくれたことを、自然な言葉の端々ににじませておられました。
そして、ご子息がもうすぐ跡を継がれるのだと、どこか嬉しそうに話してくださいました。

お二人で力を合わせて築き上げてこられたものが、これからまた新しい世代へと受け継がれていく。
その節目にある大切な時間を、私たちもご一緒させていただいているような搬送でした。

順天堂大学医学部附属順天堂医院には予定時刻に到着。
外には、少しだけ春の気配を感じる風が吹いていました。

 

これから、かかりつけの病院での治療が始まります。
ご夫婦が歩んでこられた日々の続きとして、そして新たな一歩として、これからの時間が穏やかにつながっていくことを願っております。


浅間総合病院→練馬光が丘病院2026年2月27日

 

この日、浅間総合病院を早朝に出発するのは50代の男性患者様でした。

一週間前、スキー中の事故で左脛骨近位端骨折。創外固定しながらと移動となりました。

 

早春の暖かな光が窓から射し込んできます。本来だったら、この眩しい日差しの中ゲレンデに居たはず・・・静かに車窓を眺める横顔に、そんな想いも感じ取れました。

 

お身体に負担にならないよう、女性ドライバーの「気配り」の運転が、患者様を心地よい眠りに誘います。

 

予定時刻通り無事、練馬光が丘病院に到着しました。

奥様がお迎えされました。

冷静に手続きをされていましたが、心は落ち着かなかったことでしょう。

「普段」にもどれる日が一日も早く訪れますように!


【長野赤十字病院→浅間南麗こもろ医療センター】

  2026年02月25日

 

春雨が乾燥した土地と空気に潤いを与えます。

恵の雨の朝、長野赤十字病院から浅間南麗こもろ医療センターへの転院移動されるのは70代男性。

ご子息が自家用車で追走します。

 

防振ベットの心地よい揺れに身を任せ、患者様の静かな寝息が聞こえてきます。

ドライバーも濡れた道を、より慎重に運転し患者様のお身体に配慮をします。

こもろ医療センターに予定時刻定時に到着し、ER入口から入車しました。

ご子息が入院手続きを取られる中、患者様は新しい治療の環境をしっかり認識されているようでした。

 

ご家族の居る日常に、一日も早く戻れますように・・・

良い「春雨」の今日、私共はお祈りいたします。


【長野中央病院 → 新町病院】2026年2月24日

 

長野中央病院から新町病院への転院搬送を承りました。

80代の奥様の搬送でした。


病室を出られる際、長年連れ添われたご主人が奥様へ静かにカメラを向け、一瞬一瞬を記録として残されていました。ご夫婦の間には、言葉にしなくても伝わる穏やかな空気が流れていました。

また、ご主人は病棟スタッフの皆様や玄関の守衛の方へも丁寧に御礼を伝えられており、これまで支えてくださった方々への感謝の気持ちが強く感じられました。

 

長野中央病院を出発し、新町病院へ向かう車内では、ご夫婦お二人の静かな時間が続きます。車窓の外に広がる景色の中、ご自宅のある高台の方角を見つめる奥様の姿が印象的でした。

 

暖かな陽射しの中、無事に新町病院へ到着いたしました。

 

ご夫婦のこれからの歩みが、穏やかに続いていくことを心よりお祈り申し上げます。


【長野赤十字病院→信州まつもと空港】2026.02.17

『奇跡』は信じる心から生まれます‼

だから、キセキなんです。

 

『時』は気付かないうちに前に進みます。当たり前の日常の歩みから、思いがけない『非日常』を挑んでくる運命もあります。

スキー事故により急性硬膜下血腫、長野から今日母国に帰られる30代女性の患者様。

 

私達は、信州まつもと空港に降り立ったオーストラリアのDr.とナースをピックアップし、長野赤十字病院へ向かいました。

ICUで生命維持装置を繫ぎ、万全の体制で出発しました。

大勢の病院スタッフの皆さまから大きなエールが送られます。

空港への車中では患者様を常にモニタリングするドクターとナース。同乗したご主人が奥様とゲレンデで事故直前に撮った動画を見せていただきました。スマホの中の奥様の笑顔をじっと見つめる旦那様。

まつもと空港には出発準備を整えたジェット機とクルーが待機。皆で力を合わせ、無事搭乗となりました。

『希望』の空に新たな航路が導きとなります。

その先に、キセキがある事を信じて...


👹民間救急JPNニュースレター (2026年2月号)🍫

 

寒さの中にも、少しずつ春の気配。
ダッシュボードの上で、桜の蕾がそっと揺れる——そんな“車内の小さな春”と一緒に、信州から東京へ走った搬送の一日を、2月号ニュースレターにまとめました。

今号では、信州上田医療センターから聖路加国際病院へ向かった搬送の記録を中心に、道中の様子や、ご本人・ご家族の想いに寄り添いながら進めた時間を綴っています。
また、長野中央病院から山形・至誠堂総合病院への転院搬送も掲載。温かい見送りと、つながれていく想いを乗せた道のりをご紹介しています。

 

搬送は「ただ運ぶ」だけではなく、気持ちが少しでも安心へ向かうように整えていく時間でもあると、私たちは考えています。
今月のニュースレターも、そんな“心の搬送”の一場面として、ぜひお読みいただけたら嬉しいです。

 

アップするのが少し遅くなりましたがよろしくお願いいたします!

3月号は現在作成中です(^^♪


【長野赤十字病院 → 新生病院】2026.02.12

 

2026年2月12日、長野赤十字病院から新生病院(小布施)への搬送を担当いたしました。

本日、長野赤十字病院をあとにされたのは70才の男性です。高身長で若々しく、落ち着いた雰囲気の患者様でした。移動中は酸素1Lを維持し、奥様も同乗されての搬送となりました。

車内で印象的だったのは、ご夫婦のやり取りです。快活な奥様が常に患者様のそばで声をかけ、励ましながら寄り添っておられました。言葉のひとつひとつから、長い時間を共に歩んでこられたお二人の関係が伝わってきました。

患者様は高校卒業後にJRへ入職され、勤勉に定年まで勤め上げられたとのこと。これまで積み重ねてこられた歩みが、穏やかな語り口の中に感じられました。

 

向かわれた先は、小布施の新生病院です。ご自宅から程近い場所で、新たな治療が始まります。雪解けが少しずつ進む季節。春に向けて、患者様とご家族の毎日が、少しずつでも穏やかな方向へ進んでいきますように。


【浅間総合病院→JA静岡厚生連遠州病院】2026.2.9

 

まだ月の残る早朝、浅間総合病院から静岡県の病院へ向けて出発したのは、60代の男性です。
ご家族のスキー教室に同行中の事故で、左大腿骨頚部骨折。患者様は「無理をしなければ良かった」と、静かに言葉をこぼされました。

患者様はこれまで、出張の多いお仕事を通して日本各地を飛び回り、実直に勤めてこられた方です。
若い頃は山登りを楽しまれ、やがてバードウォッチングに興味が移り、野鳥を見るツアーに参加されたこともあるそうです。

搬送の道中、患者様の胸にあったのは、怪我の痛みだけではありませんでした。
お仕事のこと、まだ小さいお子様方のこと、そして実家にいる高齢の親御様のこと——。考えれば考えるほど不安が募り、熱くなる目頭を、そっと車窓の景色へ預けるような場面もありました。

やがて車窓には富士山が姿を見せ、患者様は外を眺めながら静かに過ごされました。

JA静岡厚生連遠州病院には奥様が待っていらっしゃり、無事にお引き渡しを行いました。
到着後には、民間救急の車両とともに記念写真も撮影されました。

 

色々とご心配はあることと思います。
けれど、まずはご自身の回復を第一に。これから始まる治療の時間が、見える景色や物事の捉え方を少し変えてくれるきっかけになるかもしれません。
前向きに、一歩ずつ歩んでいかれることを心より願っております。


災害時における福祉避難所の開設等に関する協定締結式」

 

2026年2月3日、東御市総合福祉センターにて締結式を行いました。

私たち民間救急JPNは「要支援者(高齢者・障害者等)の移送担当として協定を締結しました。

災害時、必要な支援を必要な方へ確実につなげられるよう、関係機関・施設の皆さまと連携し、地域の安心に貢献してまいります。


【老健いずみの→鹿教湯病院】2026.01.29

 

本日は、介護療養型老人保健施設「いずみの」から、同じ時刻に同じ行き先――鹿教湯病院へ、2台での搬送となりました。出発前にそれぞれの車両で受け入れ準備を整え、施設ロビーにて患者様をお迎えしました。

ロビーでは、隊員がそれぞれストレッチャーを用意し、施設職員の皆様とも連携しながら移乗を行いました。患者様に負担がかからないよう姿勢を整え、必要な確認を行った上で車内へお連れしています。2台同時の出発となるため、タイミングを合わせつつも、目の前の患者様お一人おひとりに向き合いながら進めました。

90代の女性患者様は、当社の掛布団の上から、ご子息が用意されたご自身のお布団を掛けて出発されました。車内では懐かしの童謡を流し、耳を傾けるご様子が見られました。移動中、ときどき口元が動くような仕草もあり、歌を口ずさまれているようにも感じられました。道中は状態の変化がないかを確認しながら、落ち着いた環境を保つことを大切にしました。

後続の車両には80代の男性患者様がご乗車。酸素1ℓの吸入を保持しながらの搬送です。吸入が安定して行えるように確認を重ね、体調の変化に注意しながら走行しました。途中、追走されていたご家族が合流され、同乗していた愛犬の「ココちゃん」との面会の機会がありました。限られた時間ではありましたが、久々の再会に、ご家族の表情がやわらぐ場面も見られました。

2台は大きな遅れなく進行し、ほぼ同着で鹿教湯病院へ到着しました。到着後は受け入れ先へ引き継ぎを行い、必要事項を確認した上で搬送を終えています。

 

そして、車内に流れた童謡の時間や、ココちゃんと顔を合わせたひとときが、ほんの少しでも心をほどく助けになっていたら――それだけで私たちにとって大きな意味があります。
お二人がこれから治療や生活の場で、また落ち着いた毎日を重ねていけますように。ご家族の想いがそばで支えとなり、あたたかな日常へつながっていくことを、心より願っております。


【長野赤十字病院→長野県立リハビリテーションセンター】2026.01.28

 

思いがけない事は誰しもにやってきます。
患者様は、第一子が小学校に入学した年からスキーを続けてこられました。気づけばキャリアは約40年。お孫様たちが「じいちゃんと一緒に!」と笑いながら滑る姿を思い浮かべるのが、何よりの楽しみだったそうです。ゲレンデは、家族の時間が重なる大切な場所になっていました。

しかし不慮の事故により頚椎を損傷され、長野赤十字病院で治療を受けることに。10日間の治療を終え、この日はリハビリを本格的に行うため、長野県立リハビリテーションセンターへ向かいました。

出発前、患者様はぽつりと、「本当だったら今日は、晴れたゲレンデで小学生たちの指導をしていたはずなんだ」と語られました。いつもの冬、いつもの役割。そこに戻りたい気持ちが、言葉の端々に滲んでいました。

車中でも患者様は、同乗の奥様にゆっくりと話しかけます。奥様は急かすことなく、うなずきながら耳を傾けていらっしゃいました。短い言葉でも、言葉以上の思いが伝わっている――そんな時間が流れていました。

会話の中でふと出たのが、「衆議院議員総選挙は、入院中にはどう投票したらいいんだ?」という一言。投票を欠かしたことがないという患者様らしい、まっすぐな生活者の感覚でした。治療のさなかでも、日常や社会とのつながりを大切にされていることが伝わってきます。

そして到着が近づいたころ、奥様が少し明るい声で教えてくださいました。
「明後日、曾孫が生まれるんです。」

思いがけない出来事があった一方で、未来へ向かう新しい命の知らせが、すぐそこまで来ていました。こんな“治療薬”は、きっと他にありません。

 

この日、患者様は第二の治療ステージへ進まれました。これから始まるリハビリの道のりが、少しずつでも希望につながっていくことを願いながら、私たちも静かに背中を押す気持ちでお見送りしました。


【北信総合病院→汐田総合病院】2026.01.22

雪の降りしきる早朝の北信総合病院にお迎えに上がったのは60代女性の患者様。車椅子からストレッチャーに移乗し、病棟スタッフの皆さまから暖かなエールを送られ、病院をあとにします。

今回女性スタッフのみで伺った、民間救急チームに「素晴らしい!」と関心していただきました。「心強い‼」とも。

女性4人での神奈川への旅が始まります。

冬にはスキー、スノボ、夏にはサップやマウンテンバイク、アウトドア派の活発で若々しい女性です。毎年12月から4月は、毎週末のように、ご主人と一緒に長野へ通い、ゲレンデに足を運んでいました。

昨年末、突然の事故に見舞われ入院となり、今までとは一変

「動」→「静」の入院生活はどんなお気持ちだったでしょう・・・

出発と同時にリクエストされたBGMのアーティストは『藤井風』お気に入りの曲に、徐々に緊張がほぐれていきます。

何度も往復されて見慣れた景色に時折視線を移しながら、先方の病院に向かうご主人にLINEを送ります。

多摩川沿いの堤防は春になると、桜並木になると仰ってました。予定時間の13時少し前に、汐田総合病院に到着しました。ご主人が車両に乗車し、病棟に上がる前の奥様と対面し、安心した表情になります。短時間でも、ご夫婦の絆の深さが伝わります。これから始まるリハビリのステージにご不安が見え隠れしています。でも、あなたのバイタリティ、行動力があれば大丈夫‼そして何より近くで励ましてくれるご家族がお力になってくれます。ゆっくり焦らずご回復されますよう、お祈りいたします。


【長野中央病院→山形至誠堂総合病院】2026.01.19

 

3ヵ月の入院を経て、新たな治療の地へ向けた転院搬送を行いました。出発は長野中央病院。病棟のドクター、ナースの皆さまがあたたかく見送りをしてくださり、患者様は胸がいっぱいになり、涙が止まらないご様子でした。これまで支えてくださった方々の想いが、静かに背中を押してくれる出発となりました。

同乗されたのはお兄様。さらに姪っ子様方が車で追走され、ご家族みなさまで患者様を支えながらこの日を迎えられました。突然のご病気で倒れられたのは昨年10月。以来3ヵ月、ご親族の皆さまは何度も長野に足を運び、患者様を見守り続けてこられたと伺っています。3人兄弟の末っ子だという患者様は、その深い愛情に包まれながら、転院という大きな節目に向かわれました。

車内では、お好きな演歌がBGMとして流れました。お兄様が「観光バスみたいで良いなぁ〜!」と弟様のお顔をのぞき込み、ふっと場が和らぐひとときも。移りゆく車窓の景色を眺めながら、患者様はこれまでを振り返っておられるようでした。山形を出て長野で40年。現役で建設業に携わってこられ、本来ならこの季節は除雪作業を請け負っていたはず——。思い通りに動けないもどかしさから、表情が曇る場面もありましたが、お兄様は「先月より格段に反応が良くなっている」と、確かな変化を感じておられました。

看護師は移動中もバイタルを確認し、患者様のお気持ちが落ち着くよう、細やかな声掛けを欠かしません。長距離の移動でも安心して過ごしていただけるよう、状態に合わせた対応を続けながら目的地へ向かいました。

 

山形至誠堂総合病院に到着した頃、外は冷たい雨が降り始めていました。歴史ある地元の病院で、スタッフの皆さまはあたたかく迎え入れてくださり、患者様とご家族にとって心強い到着となりました。まだまだ古希の患者様。お近くにいらっしゃるご身内の笑顔を糧に、ここからまた一歩ずつ歩みを進めていかれますよう、心より願っております。


【信州上田医療センター → 聖路加国際病院】2026.01.16

 

2026年1月16日、民間救急JPNは信州上田医療センターより、東京都中央区にある聖路加国際病院までの搬送を担当いたしました。今回の患者様は外国籍(アメリカ人)の方で、日本国内での治療を続けるため、これから内固定のための手術を2回予定されていました。お仕事は日本のアメリカ大使館勤務。これからの治療の先に、ご本人が思い描く“未来図”がある――そんな強い想いを感じる搬送でした。

信州を出発した時、車内には飾りとして用意した桜の蕾。まだ寒さの残る季節でも、ふと目に入る春の気配が、出発の緊張をやわらげてくれます。道中、患者様は奥様と連携しながら、友人やご家族とスマホで対話を重ね、必要な連絡を整えていきました。遠く離れていても「声が届く」ことは、治療に向かう心の支えになります。

車内のBGMは、どこか懐かしさのあるポップ・ミュージック。The Police や Oasisなど、スタッフが用意した曲が流れると、患者様は時折、口ずさむようにリズムを取られます。長い移動の中に、ほんの少しでも“いつもの自分”を取り戻せる時間があること。私たちはその空気を大切にしながら、安全運転と体調管理に努めました。

東京に到着した時、気温は20℃近く。信州との気温差に驚くほどで、患者様はTシャツで過ごせる暖かさでした。春の気配は車内の桜だけでなく、街の空気にも感じられ、移動の疲れが少し軽くなるような瞬間でもありました。

そして今回、私たちの心に残ったのは、奥様の“気遣い”でた。
「あなた達は、いつ長野に戻るの?」
私たちが「到着したら折り返して、すぐ長野に戻ります」とお伝えすると、「長旅だもの…どうか気をつけてね」と
患者様を支えるだけでなく、搬送スタッフのことまで思いやってくださるその言葉に、胸が温かくなりました。ご夫婦の信頼関係と前向きな姿勢は、これからの治療に向かう上で、間違いなく大きな力になると感じます。

聖路加国際病院到着後は、ストレッチャーでの院内移動から引き継ぎまで、落ち着いて丁寧に対応し、無事に搬送を完了しました。私たちはその後、約束通りすぐに折り返し、長野へ帰路につきました。

 

 

民間救急JPNは、国内の長距離搬送はもちろん、外国人患者様の搬送や、言語・文化の違いがある場面でも、ご家族と医療機関をつなぐ“安心安全な移動”を大切にしています。移動が不安なときこそ、心が少しでも落ち着くように――。私たちはこれからも、「笑顔で安心安全、心の搬送」を胸に寄り添ってまいります。


🎍民間救急JPNニュースレター (2026年1月号)🎍

 

昨年までとは違う「新聞」のような形式でのニュースレターです!

 

今回の内容は栃木県までの搬送記録、東京までの搬送記録を記事にしています。

スタッフの描いた猫のイラストも今まで通りに掲載。

 

新年号なので、地域のお店の案内は今回はお休みです!

これからも毎月発行致しますので宜しくお願いいたします。


【老健いずみの⇔鹿教湯病院】   2026.1.6

 

施設(老健いずみの)から診察のため鹿教湯病院へ向かったのは97歳で元気な男性です。

実に4カ月ぶりの外出となるこの日は、朝うっすらと積もった雪が里の景色を新年の色に変え、気温は氷点下5℃の厳しい寒さでした。

 

少しでもお身体の負担を軽くできるよう、車内を十分に温めたうえで、移動の揺れや寒さに配慮しながら搬送を行いました。娘様が手続きを進めつつ、お父様のそばで終始やさしく寄り添われ、久しぶりの外出を一緒に支えてくださいました。

鹿教湯病院での診察は無事に終了し、心配されていた骨折も見当たらず、娘様も安堵の表情を浮かべられました。

そのお顔が視界に入ると、お父様の表情にも自然と輝きが生まれました。

 

診察室を後にする際には、大きく両手を上げて看護師の皆さまへお礼を伝えられるお姿がありました。

昭和の始まりから平成、令和へと着実に歩んでこられた人生の中で「支えてくれた周りの方々への感謝」がにじむ瞬間だったように感じます。

帰路も引き続き体調を見守りながら、安全第一で老健いずみのまでお送り致しました。

 

久々の外出はお疲れもあったことと思いますが、またなれた環境の中で穏やかにお過ごしいただけますよう願っています。


【わらび花の郷→ウェルシニアホーム】2025.12.22

年の瀬とは思えない程暖かく穏やかな朝、埼玉県蕨市からの搬送に携わりました。お世話になった「わらび花の郷」のいたるところに思い出がつまっています。利用者様は皆様に感謝の思いを伝え、生家の近くの施設に向け出発します。

膝の上にお気に入りの猫のぬいぐるみを置くと気持ちが落ち着きます。

お親戚が荷物と共に追走。車中では、スタッフにひざ掛けを勧めてくださったり、運転スタッフにも労いの言葉をいただいたり...新しい施設に向かうご自身の心配もあるはずなのに、気を使われるご利用者様。

 

お若いときは、公務員としてお勤めだったとか。当時のウーマンズリブのお考えも伺えた気がします。ご兄弟がなく、一人っ子であったのが心細かったともいわれました。でも今は協力してくれるご親族がいらっしゃいます。

 

3時間程で目的地の上田市「ウェルシニアホーム」に到着。ご親戚も無事の到着にホッと笑顔をみせます。追走されてきた甥っ子様に「民間救急さん運転お上手ですね!」なんてお褒めの言葉もいただきました。

 

こちらの新しい環境の中でもまた、少しスパイスの効いたジョークを期待しつつ...よい新年をお迎えください。


【北信総合病院→総合南東北病院】 2025.12.19

氷点下の信州の朝 北信総合病院から福島県へ転院の移送です。50代の患者様はお世話になった病棟のスタッフの皆さんに

お礼の気持ちを伝え、病院をあとにします。

信州の雪景色から柏崎市の日本海の眺めに変わった頃、患者様は「本当に想像もしていなかった」と語り始めました。

トラックでの長距離運転の仕事中、倒れ緊急搬送されたとの事。「運転中でなかったのが唯一の幸いだった」と。

 

まだ小学生の娘の為にも「頑張らなきゃね!」とご自身を奮い立たせます。

あまり会話に違和感がなかったので「訛りが無いんですね?」のスタッフの問いかけに、急に方言を強く出すお茶目な部分も垣間見せ、車内の空気が和みます。

磐梯山が見え始めたら到着まであと少しです。奥様が待つ地元の総合南東北病院に無事到着しました。お互いの顔を見て、お二人とも安堵したご様子でした。焦らず、一歩づつ回復の過程を進んで下さい。

民間救急JPNも応援しております!

 


【浅間総合病院 → 都立広尾病院】   2025年12月15日

冬の軽井沢でスキーを楽しまれていた際、転倒による骨折というアクシデントが発生しました。
当時は、イスラエルから来日していたご親族とともに滞在中で、突然の出来事にご本人・ご家族ともに大きな不安を抱えられていました。

浅間総合病院で診察を受けたのち、より専門的な治療を行うため、都立広尾病院への転院が決定。
当社・民間救急JPNがその搬送を担当させていただきました。

病棟を出発する際には、看護師の皆さまから「Fight!」と温かい声がかけられ、その様子をお父様が撮影されていました。
医療スタッフ、ご家族、そして患者様の想いが重なる印象的な場面でした。

搬送中の車内では、妹さんからのテレビ電話で励ましの言葉を受け取り、
同乗されていたお母様とは母国語であるヘブライ語で、落ち着いた会話を交わされていました。
音楽を聴きながら、少しずつ緊張が和らいでいく様子も見られました。

スタッフが「将来は何になりたいの?女優さん?それともスノーボーダー?」と声をかけると、
「スノーボードは……今はいいかな」と、照れくさそうに笑顔で答えてくださる一幕もありました。
大きな怪我を前にしながらも、前向きで明るい人柄が感じられる時間でした。

都立広尾病院には予定時刻どおり無事に到着し、これから手術と治療が始まります。
人生で初めて経験する大きな怪我だったかもしれませんが、
ご家族の支えとその笑顔で、きっと乗り越えていかれることと思います。

 

民間救急JPNでは、国籍や言語を問わず、患者様とご家族に寄り添った搬送を大切にしています。

 

⛄冬季のスキー事故による搬送について⛄

 

冬季を迎え、長野県内をはじめとしたスキー場での事故による医療搬送のご相談が増えています。
民間救急JPNでは、スキー・スノーボードによる怪我に伴う転院搬送や長距離搬送にも対応しております。

 

また、外国籍の方や日本語に不安のある方でも、安心してご利用いただける体制を整えています。
ご本人だけでなく、ご家族の不安にも寄り添いながら、安全・丁寧な搬送を行います。

 

 

During the winter season, we receive an increasing number of requests related to ski and snowboard accidents.
Minkan Emergency JPN provides medical transport services for injuries sustained at ski resorts, including hospital transfers and long-distance transport.

 

We also support international patients, ensuring that non-Japanese residents and visitors can use our services with confidence.
Our team prioritizes safety, clear communication, and compassionate care for both patients and their families.

 


【瀬口脳神経外科病院→西宮協立リハビリテーション病院】2025.12.12

 

長野県飯田市の瀬口脳神経外科病院から兵庫県の西宮協立リハビリテーション病院へ、患者様の搬送を担当いたしました。

患者様は、長年実直に勤めあげ、定年まで仕事を続けてこられた方です。行動力も人一倍で、ゴルフやジョギングなど身体を動かすことを好まれていたと伺いました。また、大阪万博には何度も足を運ばれ、納得いくまで見て回られたというエピソードも印象的でした。

ご夫婦は、2ヶ月に一度、高木村の生家の手入れのために帰郷されていました。生家はお母様が施設に入所されているため空き家となっており、手入れを続けておられたそうです。近年は熊の出没を気にかけ、「定期的にメールか電話で安否確認をしよう」とご夫婦で約束していましたが、ある時期から連絡が途絶えました。心配になった奥様が近隣の親戚に様子を見に行ってもらい、結果として患者様は一命を取り留められました。

出発当日、病院では親戚の皆さんが見送りの声掛けをしてくださいました。出発前には連携室の担当者様へ、車両について改めてご案内し、申し送りのうえで搬送を開始しています。奥様は前日、兵庫から約5時間かけて高速バスで来られており、準備を整えて当日に臨まれました。

病院を出発し車が動き出した瞬間、気丈にされていた奥様も目頭が熱くなり、車窓の景色を眺めながら様々な思いを巡らせておられました。車内では患者様のお好きなテレサ・テンの曲が流れ、穏やかな寝息が聞こえる時間もあり、奥様が少しほっとされる場面も見られました。

道中、車窓から「太陽の塔」が見えました。患者様が大阪万博へ何度も足を運ばれたというお話と重なり、奥様にとっても記憶をたどるひとつの景色になったように感じられました。

 

午後の光の中、西宮協立リハビリテーション病院へ到着し、無事に引き継ぎを行いました。ここから先、回復に向けた時間が始まります。焦らず、ゆっくり、一歩ずつ。ご夫婦の絆が形を変えながら紡がれていくことを願います。


相澤病院→栃木メディカルセンターとちのき

                    2025.12.9

『正に晴天の霹靂でした…』旅先の食事中に事故に遭いCPAとなりました。相澤病院での一ヶ月近くの治療を終え、地元に帰る日を迎えました。

 

週3日の透析は10年以上、でもご夫婦2人で外出、たまに遠出も楽しんでいらっしゃいました。いつも運転する奥様の横には旦那様。「初めて自分1人で高速を運転しました」と語る奥様。

入院中、必死の思いで長野までの道のりを往復したのだと思います。本日は奥様が民間救急車両に追走して来られます。車中のご主人様もしっかりと奥様の姿が見えて、安心感が生まれます。

 

「信州はやはり寒いですね。栃木の寒さとは違う」と患者様は語ります。弊社担当看護師が、昨夜の睡眠の質を伺いながらバイタルのチェックを行います。「色々うるさくてごめんなさいね」看護師の言葉に「仕事なんだから!」と気を使って下さる患者様。防振ベットの揺れが心地よかったのでしょう、出発から40分程経った頃、小さくいびきが聞こえてきました。奥様の運転する車両と、そのお気持ちが安眠のスパイスだったかもしれません。無事、地元のメディカルセンターに到着しました。

 光は闇があって照らされる。影は光があってその道しるべを明かす。これからの日常に向けた新たなステージはご夫婦の道しるべに繋がっていくことでしょう。

 お大事にお過ごしください。


【篠ノ井総合病院→千曲中央病院】2025.12.04

 

初雪の朝、一ヶ月ぶりに馴染みの病院へ戻ります。

真っ白な雪は山も田も街も冬景色に変えます。

98歳とは思えない程ハツラツとした女性の患者様です。「お世話になった皆さん全員にご挨拶できなかった」と涙を流されていました。お洒落なジャケットに、お気に入りのニット帽で身支度を整え出発です。

 

お子様が幼い頃お連れ合いを亡くし、随分ご苦労をされました。でも、立派に育てられたお子様や、お孫様は何より心のよりどころになっています。そんなご家族のお話をされながら、その瞳には、深い想いと静かな力が宿ってきているようでした。

 

あっという間に、地元の千曲中央病院へ到着です。昔お世話になった院長先生の威厳のある銅像が、正面玄関で来院の皆さまを見守ります。

 

『成すべき事は全て成し遂げた人生』そんな中にも、常に周りにある“ご縁”に感謝し「ありがたい」とおっしゃる言葉は98年の重みが感じられるものでした。

 

またお元気なお姿でご自宅に帰る日を、お手伝い致しますね!

 


【北信総合病院→静岡県島田市立総合医療センター  2025.12.02

『言葉にならない「想い」があります…』

朝日が出発前の北信総合病院を照らします。クリスマス用に装飾されたロビーを抜け病室へ。申し送りを済ませ、点滴投与したままストレッチャーでの移動となります。兄の畑仕事を手伝う為に長野県に来られ、作業中に脳出血で倒れられた患者様。ようやく体調も安定され、地元の医療センターに移れることに。車内では弊社看護師が、バイタルのチェック、呼吸の確認、足の褥瘡部の

ケア、またお声掛け等、患者様が快適に過ごせるよう心を尽くします。途中、諏訪湖SAで小休憩。ハッチを開けて初冬の風を感じます。患者様はその時はじめて目を開き諏訪湖を眺められました。

言葉は発せられなくても、心には様々な想いを巡らせていらっしゃるようでした。到着時、島田市は20℃。信州とは違い、まだまだ紅葉はこれからのようです。島田市立総合医療センターでは、長女様、次女様が温かくお出迎え。長距離移動途中で眺めた富士山の端麗な姿を思い返し、心落ち着くご地元でゆっくりと療養してください。


🎿冬のゲレンデを安全に楽しむために~「もしも」の時の備え~🎿

 

冬本番が近づきました。

長野県内の白銀のスキー場を訪れる皆様にとって、滑る歓びも、雪景色の癒しも、格別なひとときです。

 

ただ、思い切り楽しむその一方で、転倒・衝突・装具のトラブルなど、想定外の「怪我や体調不良」が発生するケースも少なくありません。

実際に、国内スキー場での調査によると、近年の報告されたスキー傷害の負傷部位は、下肢(脚、特に膝)への負傷が最も多く、全体の約40%以上を占めています。誰でも…上級者でも「もしもの時」は起こりうるのです。

 

🚑公的救急車と民間救急JPNの役割分担🚑

 

私たち民間救急JPNは、生命の危機に関わるような緊急性の高い事態で出動する“公的な「救急車(119番)”」とは役割が異なります。

民間救急JPNは、緊急を要さない移送・搬送のプロフェッショナルとして、皆様を支えます。

大きな役割については下記の通りです。

 

【公的救急車(119番)が担う場面】

①対象事態→生命に関わる緊急性の高い傷病(無料)

②主な用途→事故、急性疾患などの緊急搬送

③ゲレンデでの対応→命の危険がある重篤な怪我・病気

 

【民間救急JPNが担う場面】

①対象事態→緊急性が低い、または予定された移送(有料)

②主な用途→転院、入退院、一時帰宅、空港・駅への送迎

③ゲレンデや宿泊施設から、他病院・自宅への広域移送

 

⛄「もしも」の時こそ、安心を運ぶ民間救急JPN⛄

●広域搬送への対応:長年この地で活動を続ける経験から、長野県内から空港・他県病院まで広域・長距離搬送にも対応可能です

●柔軟な体制:公的な救急サービスでは対応が難しい、深夜・非突発的な移送や、観光日程に関連する移送にも柔軟にお応えします

●安全と迅速な移送:刻々と変化する状況の中でも、安全に、迅速に、信頼できる方法で、目的地まで責任をもって移送を完遂します

 

✅事前の備えが、滑走中の心の余裕に

皆さまには、思い切り雪上を楽しんでいただきたいと願っております。

そのためにも、事前の安全確認、装備の見直し、休息、疲労管理をぜひ徹底してください。

万が一、ゲレンデで怪我を負った際も「信頼できる搬送のプロがいる」という安心感が、滑走中の心のゆとりにつながります。

どうぞ、滑走前のチェックとともに「もしもの備え」にもぜひ目を向けてみてください。

私たち民間救急JPNが、笑顔で安心安全“心の搬送”で皆様の背後に控えています。

 

🚫コース外滑走(立入禁止区域)に関する重要なお願い🚫

コース外(立入禁止区域)での滑走は絶対におやめください。

そこは、雪崩、遭難、隠れた障害物など、生命に関わる重大なリスクが潜む危険区域です。コース外での事故は救助が大幅に遅れ、命を落とす可能性が極めて高くなります。

皆さまの安全のため、指定されたコース内での滑走を厳守してください。


【長野赤十字病院→新生病院】   2025.11.14

 

20年来お世話になった長野赤十字病院を離れ、新生病院へ移られる患者様の搬送をお手伝いいたしました。

 

出発前、担当ドクターに見送られた患者様は、これまでの治療の日々を思い返され涙ぐまれていました。

酸素マスク越しに伝わる「ありがとう」の想いを、同行した長野赤十字病院の看護師さんがそっと寄り添いながら受け止め、安全に進んでいきます。

 

先日末には一時帰宅が叶い、大好物の鰻を2人前しっかり召し上がったと、娘様が嬉しそうに教えてくださいました。

そのエピソードには、ご家族の絆と患者様の力強さが感じられました。

 

移送中は酸素4ℓと点滴管理を行いながら、揺れや体調の変化に細心の注意を払い、安全な移動を心掛けました。

 

新生病院に到着すると、色づいたメイプルの葉がやさしくお出迎え。

新しい環境での療養に向け、娘様とともに穏やかな表情を見せておられました。

 

また外出や帰宅も出来ます!大丈夫です!

その時はまたお手伝いさせていただきます(^^)